2014年、ゴーストライター騒動で世間を騒がせた佐村河内守。そのドキュメンタリー映画『FAKE』が公開され、今年、ちょっとした話題になったのは記憶に新しいところです。
監督を務めたのは森達也。ドキュメンタリー映画監督として知られる人物であり、筆者は大学時代、彼の講義を受講したことがあります。

授業のスタイルは、国内外で制作されたドキュメンタリー作品を教室のスクリーンで受講者に視聴させ、森氏がその作品について論評するというもの。マクドナルドのメニューを1日3食・30日間食べ続けるアメリカ映画『スーパーサイズ・ミー』をはじめ、様々な作品を見せてくれましたが、その中の一つが、本稿で紹介する『奇跡の詩人』でした。

NHKで放送された“奇跡の詩人”


2002年4月28日にNHKの『NHKスペシャル』で放送されたドキュメンタリー番組である『奇跡の詩人 ~11歳 脳障害児のメッセージ~』。本作がスポットライトをあてたのは、生後まもなくから重度の脳・身体障害を持つ11歳の少年・日木流奈(ひきるな)くん。
彼は3歳のころから、民間治療の一つ「ドーマン法」によって障害を徐々に克服し、ついには他者とコミュニケーションを取れるまでに回復(といったも母親とだけ)。
同時に驚異的な文学的才能を開花させ、多数の詩を発表。それが多くの人の心を動かし、母親のサポートのもと講演活動なども展開していると、番組では紹介されていました。

非難が殺到 不可解だった放送内容


はじめに言っておくと、彼はまともにしゃべることはおろか、ペンやキーボードで文字を書くこと・打つことも出来ません。では、どのように詩をつむぐのかといえば、特製の文字版を使用するというのです。
なんでも、流奈くんは母親の補助のもと、あいうえお順に並んだ文字を指差し、それを見た母が口述で彼の気持ちや意志を伝えられるのだとか。

けれども、母親が流奈くんの手および文字盤を動かしているようにしか見えない、若干11歳ながら「混沌とした…」などと難解な表現を「流奈くんの言葉」として母親が口述している点が不可解極まりないなどとして、放送終了直後から批判が殺到したといいます。

決定的だったシーンとは


このように、多くの指摘を受けた『奇跡の詩人』ですが、森達也が講義の中である一つのシーンを問題に挙げていました。
それは、流奈くんが寝息をたてて眠っているにも関わらず、母親が彼の手を動かして文字盤を読み上げている場面。
森氏は言います。「ドキュメンタリーの創り手として、この場面は使うべきじゃなかった」と。氏曰く、ドキュメンタリーとはどう客観的に創っても、作者の主観が入るもの。ならば、この一家のまつわる全てを「真実」と捉えて伝えるという制作意図があるならば、徹頭徹尾「真実」として作品を構成しなければならないという理屈でした。

おそらく、NHKの創り手側も、企画段階では『奇跡の詩人』の存在を信じていたのでしょう。
しかし、現場に赴いてからは、どこかで「怪しい」と思いながら撮影していたため、例のワンシーンを「カット」せずに放送するという選択を取らせた……というのは全て憶測。真相は定かではありません。
森氏によると、この家族はNHKの放送があってから酷い状態になってしまったといいます。真実か虚構かの議論はさておいて、一民間人の情報をメディアが扱う際の責任の重大さを学ぶに、あまりある実例といえるでしょう。
(こじへい)

※イメージ画像はamazonより異議あり!「奇跡の詩人」